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旅の話

ねこもいる島 ~相島~

2018年5月28日

「う~ん…実はインスタグラマーと呼ばれるのはあまり好きではないんですよね~。
インスタグラムあっての写真ではなく、自分が撮った写真をたまたまインスタ…」

最後までしゃべり切る前に船は島に着いた。

ここ数ヶ月、ありがたいことにとにかく仕事が忙しかった。
これから5年後を考えると、このままの流れに乗ったままでいいのだろうか。
自分たちが進む方向はこの流れの先にはないんじゃないだろうか。
漠然といつも考えていたことが、忙しかったおかげで現実問題として目の前の課題となってしまったわけです。

というわけで、約20分船に揺られて島に到着。
ごちゃごちゃした頭をリセットするには、のんびりと非日常の空間で時間を過ごすのが一番だなと思っていたら、流れにのってここに来てしまいました。

猫の島とも言われる、相島(あいのしま)。
福岡県糟屋郡新宮町
人口約500人・猫100~200匹(と言われている)

※上写真は福岡市公式HPより

実はこの島を訪れたのは2回目なんですが、すごい人が多くて驚きました。
新宮港のフェリー乗り場には人がごった返してて、
「11:30発の船はあと5人分しかありません」とアナウンスされるくらいの混雑ぶり。

軽い気持ちでちょっと港をのぞいただけだったのにも関わらず、
あと数人で終わりと聞いてそそくさとチケットを買う自分の卑しさを嘆きながらも、
【人は限定品にめっぽう弱い】という購買者の心理をリアルに体験。
これもマーケティングの勉強!と自分を納得させました。
(このあと相島への臨時便が出ました。それくらい多かった)

新宮港は相島へ行く船の乗り場でもありますが、この港自体で釣りをする人たちも多かったですね。

家族連れで釣りを楽しんでる反対側の海辺には、おもいっきりたそがれに来られている方もチラホラ。↓

たそがれてるってより、はげしく落ち込んでおられるレベルですね…。

さて、もう少しで出発の時間です。

海とスーツとサングラス。
いかしてます♡

船に乗りました。(フェリーと書くより船と書きたい)

約20分。距離8km。片道460円で島に到着。
冒頭のような雑誌のインタビューの妄想も、気持ちよく自分に酔いかけたあたりで着いてしまいます。

島に着くとすぐ猫。

猫。

猫。

猫と猫。

猫と女子カメラ。

ここ数年の「猫ブーム」のおかげか「インスタ映え」探しの影響かで、大人気な島になっているようです。

以前にはなかったアイスクリーム屋さんやカフェなんかが出来てましたし、外国から来られた方もけっこうおられます。

ゴールデンウィークということもあり、港は観光地のようになっていました。

「インスタグラマーと呼ばれるのは本位ではない」というセリフを言うためには、まずもって『インスタグラマーと1回でも呼ばれる必要がある』と気付いた私はもっとひっそりとした島の奥の方にもぐろうと思い裏道へ入ってみることにしました。

雰囲気が変わり現地の方の生活の姿も見え始め、ああやっぱり来てよかったな~と思いながらてくてくと歩くと、 Continue reading

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Vol.6(ラスト)法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:4日目 宮沢賢治に会いに

2018年1月4日

「岩手県に行くべきだ」
そのアドバイスにしたがい北上します。気仙沼おばちゃんありがとう。

気仙沼市は岩手県との県境にあります。上も左も岩手県。
たしかにここまで来ているんだったら岩手県に突入しなきゃもったいない、って場所にいるのは確かです。

おばちゃんが陸前高田市という言葉を言っておられたので、この↑ルートを通りました。
海岸沿いの道、どんな景色が出てくるのかな~と地図を見て思ってました。
しかしながら目の前に現れた光景は思った以上の震災のつめ痕でした。

旧)陸前高田市立気仙中学校 ↑

写真を拡大したものです。↑

3階建ての屋上を超える高さで津波が襲い、校舎はすべて津波に飲み込まれてしまいました。
にも関わらず、校長先生をはじめ学校側の機転もあり、全校生徒と教職員は全員無事だったそうです。

ネットでこんな記事を見つけました。

津波は校舎最上階まで達し、体育館を含め、全壊したにも関わらず気仙中学校の全校生徒、教職員は避難。全員無事。
「なぜ、こんな海のそばに学校が」
 陸前高田市気仙中の越恵理子校長(56)は2009年4月に赴任し、窓越しの風景に違和感を覚えた。堤防を挟み、校庭の向こう側に海の白波が見えた。内陸部の出身で津波には詳しくない。
知識が少なかったからこそ、素朴な不安から避難経路の見直しを始めた。
 津波を想定した避難場所は、学校近くの駐車場だったが3階建て校舎の高さとほとんど変わらず、安全には思えなかった。
 周辺を調べると、高台に通じる小道があった。急勾配な道を通り民家の脇を抜けると、かなり高い場所まで登れた。
 防災訓練で、1960年のチリ地震津波を経験した地域住民の菅野昌雄さん(78)を講師に招いた。
 「津波は気仙川の水位が下がった後、川沿いにやってくる」
 「校舎の屋上は駄目だ。さらに高い所に逃げられる場所に避難しないと」。
 菅野さん話はどれも示唆に富んでいた。
 3月11日、生徒86人と教職員はいったん駐車場に退避した。
 しかし気仙川の水位が下がり川底が見えたため、5分と待たずに、小道から高台を目指した。
 間もなく、川をさかのぼった津波が堤防を越えたのが見え、その後、校舎も駐車場も濁流の下に沈んだ。
 越校長は「先入観を持たずに一つ一つの課題を見直せた」と話すとともに「聞いていた通りになった」と住民の教えに感謝する。

気仙中学校の反対側。↑ Continue reading

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Vol.5 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:3日目 松島に別れを告げ気仙沼市へ

2017年10月20日

目を覚ますと旅の高揚感のおかげもあってか、昨日の赤沼事件の疲労からは復活しておりました。

ご両親にご挨拶し、会津若松市を満喫し旅の目的はすでに97%は達成したようなものではありますが、​「記事(コンテンツ)を書くことまででワンセット」というのが自分に課した「旅に出る条件」でもありましたので、もうしばらく書かせてもらいます。

さて。
旅の3日目、目指すは気仙沼市。
その途中で、松島(宮城県)にちょっと立ち寄って行こうという計画です。

西暦2000年頃、出張で仙台に行ったことがあり、そのときに長尾に松島を案内してもらったことがあったのでもう1回そこを訪れてみることにしよう。

今から約20年近く前の記憶だけど、誰もいないさみし気な海岸がなんかよかったんだよなぁ。
もう一度あそこで曇り空なんかを見上げながら、波の音だけをききしんみりモードに浸るのも悪くない。
昨日のスケジュール満載な旅とうってかわって、ぼんやり過ごす感じもひとり旅っぽくていい。

<わたしのように観光地にくわしくない方のために>
宮城県の松島は【日本三景】のうちのひとつ。
残りの2つは、
●京都府の天橋立(あまのはしだて)と、
●広島の宮島
また、
■熊本県天草の松島(あまくさのまつしま)と、
■長崎県の九十九島(くじゅうくしま)と並んで【日本三大松島】と言われています。
※宮城県の松島は地名ですので固有名詞ですが、「松島」とは一般名詞としても存在するようで、松の木が生えている島のことらしいです。(そのままですね)。宮城県の松島のことを陸奥(むつ)の松島と表現することも多いとのこと。

うんちくを語っている間に松島へ着きました。
車を停めて海の方へ歩きます。人がぞろぞろ歩いてる。
観光客のためのお店がいっぱいある。のぼりも立ってる。

なんか違う…。こんなおみやげ屋や食事処が立ち並んだりしてなかった。

フェリーなんかもなかった。

 

混んでるかき丼屋さんなんてなかった。

 

団体の観光客なんていなかった。

 

勉強熱心な案内所のおじさんなんか僕の知ってる松島にはいなかった。

ぼくはこんな場所に来るはずだったのです。
(写真はイメージです)

ここの砂浜に座って30分ひざを抱えてぼんやりするつもりだったのに…。
スピッツの「みなと」を聞いて胸を締め付けられる予定だったのに… 。

「松島くん、ずいぶん変わっちまったな…。いつから君は人からチヤホヤされる人生を選んじまったんだい?悪いがおれはもうこの地を離れるぜ」

訪れる場所を若干まちがったことなど棚にあげて、ぼくは松島に別れを告げました。

とはいいながら、1時間以上人混みに紛れて「観光地の松島」をちゃんと堪能したんですけどね。
「観光地の松島」ももちろんいいところです。
今回、自分が行こうと思った場所と違うところに行った私が悪いだけです。 Continue reading

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Vol.4 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:野口英世記念館から五色沼へ(福島県後半)

2017年10月7日

朝から、七日町→鶴ヶ城→飯盛山と修学旅行並みに詰め込んだスケジュール。
15:00を回ったところです。まだまだ時間はあります。
回るぞ~ふぐずまを満喫するぞ~。

次は、猪苗代湖(いなわしろこ)の近くにある野口英世記念館へ向かいました。

猪苗代湖、大きいとは聞いてましたが想像以上でした。
向こう岸が見えません。
日本で4番目に広い湖だそうですが、これで4番目?ってくらい大きいです。

(たぶんこの写真はマイナーな場所から見た景色だと思います。
誰もいなかったし…。もっといい景色もあるはず…)


猪苗代湖の近くには磐梯山(ばんだいさん)。
山と湖に挟まれてしばらくぼーっとしてしまいました。

山から湖にかけて吹き抜ける風は、どうでもいいような小さすぎることとか、頭をぐるぐるまわっている雑念とか、何も生み出すことのない無意味な考えとかを頭から吹き飛ばしてくれたような気がしました。

頭の中には笑われそうなくらいの幼稚なもんしか入ってないけど、でもこれを見失わないように大事に生きていこう…。5年後とか10年後とかもし…

あ~あぶないあぶない…ちょっと暑苦しくなってきました。ついついこっ恥ずかしいことを語り出すところでした。旅先で語るとあぶないですね…。

さて、野口英世記念館へ行ってクールダウンしなくちゃ。

実は野口英世記念館はさほど期待してなかったんです。「野口英世記念館ってのがあるよ」と長尾にチラッと聞いていたし、通り道だしちょっと立ち寄ってみるかな…って感じでした。(失礼…)

学生時代の社会見学的な「勉強」っぽい響きがして、あまりワクワクせずに入ったんですが、出てきたときは泣いてました。

小学1~2年くらいのときに野口英世の伝記を読んだことがあります。幼いころに囲炉裏(いろり)に落ちて手を大火傷してしまうけど、すごく立派なことを成し遂げられた…くらいの記憶でしたが、大人になってあらためて彼の人生に触れるとほんとうに立派でした。
それに比べて自分はなんだかモソモソしてる。人生という貴重な時間をムダにして何やってんだ…と、頭殴られたような気になりました。

「野口先生!!おらもやるっぺよ!!」

母親が、息子英世宛に書いた手紙も残っておりました。

記念館の出口付近で、一般応募の中から優秀だった手紙が何部か張り出されていました。母から子に送った手紙です。

一番印象に残ったのがこちら。↑
98歳のお母さんが63歳で病気で亡くなられた息子さんにあてて書かれてある手紙。鼻の奥がツンとなりながら記念館をあとにしました。
(入館料の600円も安いもんです。(もう小銭を計算するのはやめなさい…))

【この記事を書きながらちょっと調べてみました】
野口英世博士の母シカが息子英世にあてた手紙にちなみ、猪苗代町絆づくり実行委員会が主催する「母から子への手紙」コンテストってのが定期的にあっているようです。

佐々木キヨさんを見つけました。99歳とは思えないお若さ!
↓ 奄美新聞オンラインのホームページより

思わぬことから生と死について考えることとなってしまいましたが、どこか片隅にでも「死」というものを意識して生きているときの方が、生命力を力強く感じるような気がします。

身近な大切な人の死を経験したり、リアルに想像したりすると(想像するなんてすごくイヤだけど)自分のど真ん中が見えてハッとしますよね。雷にうたれて体中の骨が透けて見えるような昔のマンガのように、内側にある大事なもんだけが浮かびあがるような感じ。

『死は生の対極としてではなく、その一部として存在している』
クールダウンするつもりで訪れた野口英世記念館ですが、またもや暑苦しくなってきましたので、ここは村上春樹の言葉で締めて次へ行きたいと思います。(ノルウェーの森より)

ただいまの時刻、16:30。

今日の最終目的の五色沼(ごしきぬま)に到着するころには17:00。もう暗くなってしまうかもな…。

まあとりあえず向かっちゃおう。 Continue reading

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Vol.3 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:会津若松市めぐり:鶴ヶ城から飯盛山へ(福島県前半)

2017年9月22日

この旅の目的の9割を昨日までの段階で達成したとはいえ、ここからの時間の過ごし方が重要です。
自分はそもそもこんな旅に向いているタイプの人間なのか?という問いを突き付けられたかのような時間になるはずだから。
(またスタッフや家族にこころよく旅の許可をもらえるように…)

とりあえず宿を出て、市街地へ向かう途中に位置する七日町(なのかまち)を探索することにしました。

七日町駅

白壁など風情の残る街並みで、散歩してても楽しいですね。
まだ午前中ということもあり、今日がはじまったばかりで足取りも軽い。
でかい赤べこがいる。↑

 

カレーパンの右横にある↑「ゆず」。
九州のゆずとはまったく別物のようだ。ワン。

 

昔の銀行を思わせるこの建物はスポーツ用品店のようです。

 

こういう昔ながらの商店は好きなので、「すみませ~ん」と覗き込みたいんだけど、店主さんにお客かと期待させては申し訳ないな…と思いつつコッソリと撮影。
修行を積んで、「写真を撮らせてもらっていいですか?」と言えるような勇気あるカメラマンになるのが夢。(←すぐにでもやれ)

 

シャッター押すのがちょっと遅かった…。↑う~ん~もったいない…。

 

ト ってなんだろ…。
近くのお店の方に「トってなんですか?」と聞けるような取材力を身につけた度胸のあるカメラマンになるのが夢。(←今日からやれ)

 

建物を広角レンズで撮るときは、ゆがみ(湾曲)が出ます。水平を保ってなるべくゆがみがないように撮影しましょう。
どうしても出てしまう場合は、ライトルームやフォトショップなどでこの上の写真のように修正しましょう。(修正しとったんかい…)

こういうドラマを連想させるような被写体もいいですね。(ドラマを感じなかったらすみません…)

謎めいた看板や建物もドキドキします。なので裏路地が好きです。(別に謎めいたように見えなかったらすみません…)

 

「うんうんフォトジェニックだ」…なんて、ふだん口にしないような単語をつぶやき出したらゾーンに入ってる証拠です。自分に酔っているときです。

 

スタート地点の七日町駅まで戻ってきました。駅の構内にツバメがいました。
うんうんフォトジェニックだ。(酔)

 

七日町を離れ、鶴ヶ城に向かいました。その途中で車を停めて撮った写真。
旅先の効果で、なんでも被写体に見えます。実は自分がいつも住んでるすぐ近所にもけっこうこういう光景はあるんですよね。
旅先にいる気持ちで、今度近所をぶらぶらしてみよう。

さて、鶴ヶ城(つるがじょう)、もしくは若松城と呼ばれるお城へ。
(地元の方たちは鶴ヶ城って呼ぶ方の方が多いようですね)
ぼくは高校時代、世界史を専攻したせいもあり日本の歴史にあまり詳しくなく、お城などは積極的に行く方ではありません。 Continue reading

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Vol.2 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:ご両親のもとへ

2017年9月19日

前夜の自作自演トラブルにもめげず、無事に福岡空港に到着。
いよいよ旅がはじまります。

福岡空港(9:25発)から仙台空港(11:10着)へ。

仙台空港に着きました。
まだ自分が東北地方に来ている実感は湧きません。

予約していたレンタカーに乗り込み、会津若松市まで約160㎞のドライブ。

おお~山が高い!

ん? あの白いのはもしかして…

↓(拡大)

とりあえず東北に着いたという報告も兼ねて長尾にメール。

永松「山の上の方に白いもんが見えるがまさか?」
長尾「雪です」

6月、九州は初夏。
なのにこちらは雪が残ってる…。
ほんとに東北に来たんだな~と実感した瞬間でした。

途中、お昼に「とんこつではないラーメン」をいただき、車を走らせること約2時間半。

いよいよ会津若松市に到着。

緊張してきました。
どんどん緊張感が増してきました。
ちゃんと話ができるだろうか…。

「なんだかつまんねー男だったべな…」という感想を持たれやしないだろうか…。
切り上げるタイミングがわからなくりそのまま1泊するはめになって、
「いったいいづまでこの男は居座るつもりだっぺや?」とご迷惑をおかけしないだろうか…。
(セリフはあくまでもイメージです)

ナビを見ると、あと5分。
もうすぐ到着します、とお電話すると、お母様が家の前の通りまで出て待ってくださってました。

お母様の隣にも年配の男性の方が杖を持ってブロック塀に座っておられました。

あら?お父様まで出迎えに出ていただいたのかな…。
申し訳ないな…と思いつつレンタカーを近くの空地に停めました。
後ろの座席に置いたおみやげやら手荷物やらをガサゴソしながら、
(お母さんはイメージ通りの優しい感じの方だったけど、隣に座ってらしたお父さんらしい方、なんか怖そうだったな…。今日、あの方から笑顔をもらえる気がしない…。大丈夫かな…)とそんな不安がよぎりました。

「はるばる遠いところからようこそ来てくださいましたね~」と、お母様が家まで案内をしてくれて、歩きながらちょっと後ろを振り返ると、隣の男性の方もよっこらしょと動きはじめました。

(あ、やっぱりお父さんなんだろうな…ちゃんとご挨拶しなかったから、家に入ってこられたら無礼をお詫びしなきゃ…)

「どうぞどうぞお上がりください」とお母様に言われ靴を脱ぎながら(玄関でお父さんを待っておくべきかな…)とも思いましたが、とりあえずお部屋で待つことにしようと上がらせていただきました。

案内された縁側の応接室の方に歩いていくと、
「どうもこれはこれは、はじめまして」とすごく感じのいい笑顔のおじさんが出迎えてくださいました。

ぼくは内心ものすごく驚きました。
ご親戚の方…? Continue reading

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Vol.1 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:旅の前夜編

2017年9月19日

法人化を来月に控えた2017年6月。
その手続きに必要な書類や費用なども確保し、来月これで大丈夫。
残す仕事はあとひとつとなりました。

最後の大仕事、「旅」です。

行かなくてはいけない出張でもなく、気楽な気持ちで観光しにいく旅行でもない。別に行かなくても誰も困らない、けど行かきゃならない。
次の世界に進むために、自分の内側と向き合うために、非日常な時間と空間に自分を放り込む旅に。

『ぼくらの住むこの世界では旅に出る理由があり 誰もみな手を振ってはしばし別れる』
やはりぼくらには旅に出る理由があるのです。
※小沢健二「ぼくらが旅にでる理由」より

そんな都合のよい言葉を並べ、ぼくは旅に出ました。

と、なんだか自分で思い立って旅へ出た感じで書いてみましたが、実はこの旅にはちゃんと目的ときっかけがあったのです。

目的は、共同経営者でもある長尾の両親にご挨拶にいくことです。

かれこれ20年以上の付き合いがある長尾ですが、東北に住む彼のご両親とは電話や年賀状などでご挨拶はしたことがあるだけで、直接お会いしたことはありませんでした。
東北の故郷をはなれ福岡に骨をうずめる覚悟で旅立っていった息子は、いったいどんなヤカラと一緒に仕事をするのか、さぞご心配もあっただろうかと思うのです。

いつかご挨拶に行きたいな、と思いながらも10年経ってしまいました。

きっかけは、昨年末、来年の目標なんかを話しているときに長尾から言われたセリフです。

「ぼくの両親に会ってきてください。すごく喜ぶと思うし安心すると思うから。」(彼は多少酔っていた)
「いつか行かなきゃとは思っていたから来年(2017年)絶対いくよ。」(ぼくも多少酔っていた)

というわけで4泊5日の旅に出ました。

移動手段やそのルート、いろいろと選択肢がありましたが、今回は、
福岡空港から仙台空港まで飛行機で行き、そのあとはレンタカーで移動。
とりあえずそんなルートで会津若松市まで行くことにしました。

前日の夜になってもまったく実感がわかないままでしたが、さすがに買ったばかりのスーツケースに荷物を詰める段階になると気分が上がってきました。

『トランクひとつだけで浪漫飛行へIn The Sky』ってこれはまさしく中学生時代から思い焦がれていたシチュエーションです。
米米CLUB「浪漫飛行」より。(ちょいちょい出てくる歌が古い…)

買ったばかりのスーツケース。
●初期の3桁の暗証番号は000。変更できます。→「なるほどなるほど」
●押しながら回し、好きな数字のところで手を離すとそれが新しい暗証番号になります。→「初期のままは危ないから変更しておこう。とりあえず888でいいや」

ぐるぐる回し、888で手を放す…。
よし、暗証番号も変更したし、もう0:00を過ぎたし早く荷物を詰め込んで寝よう。

あれ?開かない…。
何度もしっかり888に合わせて開けようとするがピクリとも開かない。
888周辺をすべて試してみるけど開かない…。

え…?
まだスーツケースには何も詰めていない。これはまずい…なんかやり方を失敗してしまったのだろうか…。

何かヒントが見つかるかもと思い、 Continue reading

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