ようやくラストです。
「がんばったってどうせプロになれるわけでもないし、有名になれる才能もない。
だったらやってる意味ってないんじゃないかな」ってやつです。
ここにカエルくんの物語がありますので、今回はこちらで考えてみることにしましょう。
今回は、カエルくんにお任せしますので、わたしはもう出てきません。
なので、先にお礼をお伝えしておきます。
長いだけの自問自答にお付き合いいただき、ありがとうございました。
(今回も長くてすみません……)
【カエルくん物語:前半】
ぼくはアマガエルのケロスケ。
井戸の中に住んでいる。
井戸といってもみんなが思うようなせまい世界じゃないよ。
ここには区役所やスーパーマーケットだってあるし、
弁護士やパン屋さんやロックスターだっている。
つまり、これを読んでいるキミが住んでいるような世界と同じってことさ。
ぼくはちょっとしたイラスト制作をやっている。
(※イラスト制作は仮の話です)
周りから「なかなかやるねキミ」なんて褒められることもある。
評判も悪くない。
そもそも、ぼくが絵に興味を持った理由は、ただ絵を描くのが好きだったから。
むかしから落書きばかりしていたし、
なんてったってそれをやっている時間が楽しかった。
ある日ぼくは、自分がどこまで通用するかもっと知りたくなって、
井戸の世界を飛び出そうと決めたんだ。
ちょっと怖かったけど、なんとなくやれるような自信もあった。
井戸の外には見たこともない世界が広がっていた。
はじめて見る世界にとても感動したし、
「この世界で輝くんだ!」と思って興奮したよ。
たくさんの美術館や図書館をのぞいて回ったし、
インターネットでこの世界の人たちが創っている作品もたくさん見た。
す、すごい……。
心から感動した。
でも同時にぼくは彼らに圧倒されてしまった。
井戸の外の世界には、
ウシのように大きなカエルや、
色鮮やかなカエルがわんさかいて、
とんでもないレベルの作品を創っていた。
彼らは、美術大学で絵を勉強した経験があったり、
すでにコンテストで賞をもらったりしている猛者カエルたちだった。
落書きみたいなことしかやってこなかったぼくなんかが太刀打ちできるはずがないじゃないか……。
「ぼくにも才能あるかもだケロ」とうぬぼれていた自分が恥ずかしい。
ありふれた小さいアマガエルなんかが輝ける場所は、
井戸の外の世界にはどこにもなかった。
描き続けた方がいいってわかっている。
でも、
「がんばったってどうせプロになれるわけでもないし、有名になれる才能もない。
だったらやってる意味ないよ……」
そう思って、ケロスケは井戸の方へ歩いていった。
【カエルくん物語:後半】
広い世界には、猛者カエルがたくさんいることを知ってしまったケロスケは、
「ぼくなんかしょせん、ことわざの通りだったんだよ。元の世界に戻ろう」
とつぶやきながら、トボトボ井戸の入口まで戻ってきました。
「そのことわざには、続きがあることを知ってるかい?」
声のする方を見てみると、
本を読みながら井戸の近くの石に腰かけているアマガエルがいました。
頭には冠が乗っています。
「続き……ですか?」
彼は本を閉じ、立ち上がって、ケロスケのところまで歩いてきました。
「そうだよ。『井の中の蛙大海を知る』には続きがあるんだ。『されど空の青さを知る』ってね」
「そうなんですか……。知らなかったです」
「ま、あとから勝手に創作された言葉ではあるみたいだけど、そんなことは今のキミにとってはどっちだっていいことさ。そうだろ」
ケロスケはどう答えていいか分からずに、だまっていました。
冠を頭に乗せたアマガエルは続けます。
「井戸から元気よく飛び出してきたにもかかわらず、ほどんどのカエルたちはキミみたいに井戸に戻ってくる。続けることをやめようと思いながらね。
人と自分を比べながら戦いを挑んだ者たちはぜったいに負けて帰ってくる。
世界は広いんだ。
広い世界で、広く戦ったら負けてしまうのは当たり前だよ」
「じゃあ、どうすればいいんですか?
『人と戦うことはやめて自分が楽しめばそれでいいじゃないか』
なんて生ぬるい教えは今聞きたくない気分なんです……」
「わかった。キミはいい目をしている。ヒントを教えよう」
「はい」
「広い世界の中では、広く戦うのではなく、深く戦うのさ」
「深く、戦う?」
「自分の中にあるイメージをもっと上手く表現するにはどうしたらいいだろう、
自分の感性を磨くにはどんなことをしたらいいだろう、
と、常に自分の世界に深く深くもぐるようにしていくことだよ。
そのためには、周りの人と「比べる」のではなく、周りの人から「吸収」するんだ。
そしてキミだけの空の青さを突き詰めるのさ。
そうすれば、自分がやっていることがますますおもしろくなっていく。
落ち込んでいる暇なんかなくなってしまうくらいにね」
「そうすれば猛者たちに勝てますか?」
「気が付くとキミは、広い世界の中で十分に存在感を出せるカエルになっているはずだ。
そして、深く戦っていると、他の人に勝とうという気持ち自体が消えてしまうものなんだよ」
ケロスケは口を真一文字にして、冠カエルの話の続きを待っていました。
「今、とてもすごい猛者カエルに見える者たちも、はじめからそうじゃなかった。
長いあいだ、深く深く自分の世界を探求した結果にすぎないんだよ。
それに対して、人と比べながら広く戦ってしまった者たちはそれぞれの井戸へみんな帰ってしまっている。もったいないよね。みんなそれぞれのすばらしい才能が眠っているのに」
しばらくだまって考え込んでいたケロスケは顔をあげて言いました。
「ぼく、もうちょっとこの広い世界を旅してみます、ありがとうございます。
あなたはいったい誰なんですか?」
「ひとりでも多く、キミみたいな目をしているカエルを助けたいと思ってここに座ってるんだ。
むかしのボクがそうだったからね」
「そうだったんですね、ありがとうございました。
迷ったらまたここにきます。
あなたのお名前を聞いていいですか?」
「わたしの名は、冠五郎。
ゴローなのにアマガエル界のイチローとも言われている。
ではまた」
冠を乗せたカエルは、
さっきまで座っていた石の方へ戻っていきました。
吹き出すのを我慢していたアマガエル君は、
海と空の青さがまじっている方へ向かってぴょんぴょんと跳ねて行きました。