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Vol.3 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:会津若松市めぐり:鶴ヶ城から飯盛山へ(福島県前半)

Vol.3 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:会津若松市めぐり:鶴ヶ城から飯盛山へ(福島県前半)

2017年9月22日

この旅の目的の9割を昨日までの段階で達成したとはいえ、ここからの時間の過ごし方が重要です。
自分はそもそもこんな旅に向いているタイプの人間なのか?という問いを突き付けられたかのような時間になるはずだから。
(またスタッフや家族にこころよく旅の許可をもらえるように…)

とりあえず宿を出て、市街地へ向かう途中に位置する七日町(なのかまち)を探索することにしました。

七日町駅

白壁など風情の残る街並みで、散歩してても楽しいですね。
まだ午前中ということもあり、今日がはじまったばかりで足取りも軽い。
でかい赤べこがいる。↑

 

カレーパンの右横にある↑「ゆず」。
九州のゆずとはまったく別物のようだ。ワン。

 

昔の銀行を思わせるこの建物はスポーツ用品店のようです。

 

こういう昔ながらの商店は好きなので、「すみませ~ん」と覗き込みたいんだけど、店主さんにお客かと期待させては申し訳ないな…と思いつつコッソリと撮影。
修行を積んで、「写真を撮らせてもらっていいですか?」と言えるような勇気あるカメラマンになるのが夢。(←すぐにでもやれ)

 

シャッター押すのがちょっと遅かった…。↑う~ん~もったいない…。

 

ト ってなんだろ…。
近くのお店の方に「トってなんですか?」と聞けるような取材力を身につけた度胸のあるカメラマンになるのが夢。(←今日からやれ)

 

建物を広角レンズで撮るときは、ゆがみ(湾曲)が出ます。水平を保ってなるべくゆがみがないように撮影しましょう。
どうしても出てしまう場合は、ライトルームやフォトショップなどでこの上の写真のように修正しましょう。(修正しとったんかい…)

こういうドラマを連想させるような被写体もいいですね。(ドラマを感じなかったらすみません…)

謎めいた看板や建物もドキドキします。なので裏路地が好きです。(別に謎めいたように見えなかったらすみません…)

 

「うんうんフォトジェニックだ」…なんて、ふだん口にしないような単語をつぶやき出したらゾーンに入ってる証拠です。自分に酔っているときです。

 

スタート地点の七日町駅まで戻ってきました。駅の構内にツバメがいました。
うんうんフォトジェニックだ。(酔)

 

七日町を離れ、鶴ヶ城に向かいました。その途中で車を停めて撮った写真。
旅先の効果で、なんでも被写体に見えます。実は自分がいつも住んでるすぐ近所にもけっこうこういう光景はあるんですよね。
旅先にいる気持ちで、今度近所をぶらぶらしてみよう。

さて、鶴ヶ城(つるがじょう)、もしくは若松城と呼ばれるお城へ。
(地元の方たちは鶴ヶ城って呼ぶ方の方が多いようですね)
ぼくは高校時代、世界史を専攻したせいもあり日本の歴史にあまり詳しくなく、お城などは積極的に行く方ではありません。
かといって世界史もまったく詳しくありません。
(日本史以上に知りません…)

そんな歴史を語れない男であっても、いつもの自分の好みの分野を越えてそこへ向かう感じ、これこそが旅の醍醐味ってものなんでしょう。
そんなたわごとを述べるまでもなく、心はうきうきしていました。

立派なお城です。あの中に入れるらしいので楽しみです。

ジャン!
いきなり上り切った景色ですみません。
(撮影禁止の場所も多かったもので…)

 

会津若松市、ほんといい街ですね。

はい下りました。(撮影禁止の場所も多かったんです…)

出口にはおみやげコーナーです。楽しいですよね旅先のおみやげコーナー。
へ~こんなもんがある、お~このキャラはおもしろい、なんだこりゃ?これは売れないだろうな…、これ買っていったらあの人喜ぶかも…。

いろいろ刺激があって楽しいです。
でも、なんだか途中からしだいにさみしくなってきました。
旅先のおみやげコーナーは1人だとさみしい…。
同じものを見て笑ったり、一緒に驚いたりするその時間、その関「係って貴重で大切なんだなってな~って当たり前のことを再発見するってのも、旅の醍醐味なのかもしれませんね。

城内には、翔んだカップルもいました。

 

着地カップル。

この赤い橋の下の池には、見たこともないくらいのとんでもない大きさの鯉がいました。さすが歴史ある街のお城です。

 

この日、会津若松市は暑かったです。
東北の方が「割が合わない」って思われるのはわかる気がします。
冬は九州では考えられない量の雪が降るのに、夏は九州と同じくらい暑さですもんね…。

13:00を回りました。
今日のスケジュールはまだまだぎっしり詰まっています。
次は飯盛山(いいもりやま)です。白虎隊に会いにいきます。
(白虎隊くらいは歴史にうといぼくでも知っています)

とんこつではないラーメンで昼休憩をとりました。
「ここでしか食べられないものを食べる」のが旅だよねってことでまたもや。
(會津醤油ラーメン家元こまめや さんってお店でした。美味しかったです)
会津若松市にはラーメン屋さんがけっこうありました。
あと、不思議ととんかつ屋さんとか馬刺しって書いてある看板もけっこう見たなぁ。
「会津はソースかつ丼が有名です」って福岡に帰ったあとに長尾に聞きました…。
え…?
会津でとんかつなんて旅のルールに反する、と思いながら看板横目に素通りした自分の無知さがなげかわしい限りです。
あと、「醤油ラーメンは会津というより隣町の北方(きたかた)市が本場なんだけど…」とつぶやいていたのも非常に気になっております…。

 

飯盛山です。
階段の右側には、動く坂道(エスカレーター)がありました。
若者ぶって階段でチャレンジ。(有料だったからってのが本音)

 

ゼーゼー言いながら、膝に手を置いて左側をみると、「あいづっこ宣言」を発見。あいづっこは人としての基本がしっかりしてるんだな。自分も心の中で高らかに宣言をしてきました。

白虎隊十九士の墓。

16・17歳の若い人たちが戦争で命を落とす。
年齢は関係ないかもしれませんが、人間同士が命を奪い合う戦争はもう二度と起こらないでほしい。

<わたしのように歴史に詳しくない方のために>
ここ(下の写真)から街から煙があがっている景色を目にし(上の写真)、結果総勢20名が自刃を決行し、唯一喉を突いた飯沼貞吉(のち貞雄と改名)のみが一命を取り留め、その他19名が死亡した。一般に白虎隊は若松城周辺の火災(もしくは城周辺から上がる湯気)を目にし落城したと誤認して悲観したとされているが、飯沼が生前に伝え残した手記『白虎隊顛末略記』(飯沼からの聞き書きに飯沼本人が朱を入れたもの)によれば、当時隊員らは鶴ヶ城に戻って敵と戦うことを望む者と、敵陣に斬り込んで玉砕を望む者とのあいだで意見がわかれ激論を交わし、いずれにせよ負け戦覚悟で行動したところで敵に捕まり生き恥をさらすことを望まなかった隊員らは、城が焼け落ちていないことを知りながらも、武士の本分を明らかにするために飯盛山で自刃を決行したという。(以上、ウィキペディア参照)

 

しばしここからの風景を16歳になったつもりで眺めていました。

道を引き返し、階段の方へ戻ると「さざえ堂」という案内看板が。
そちらの方へ歩いてみます。

<わたしのように歴史に詳しくない方のために>
内部には二重らせん構造の斜路が続き、右回りに上る斜路と左回りに下りる斜路が別々に存在する。入口から斜路を最上階まで上り、他者とすれ違うことなく、別の斜路を降りて出口から出ることができる。
かつてこの地にあった正宗寺の仏堂として、江戸時代後期の寛政8年(1796年)に当時の住職であった郁堂(いくどう)が建立したものである。(以上、ウィキペディアより)

要は、さざえっぽくてめずらしい建築物なんだな。(浅い!ルフィなみに浅い)

有料ですが入ってみることにします。
(全然悩んでませんよ、わずか400円で悩んだりしません…取材も兼ねてるわけですからねこの旅は…。)

たしかにこんな構造の建物、見たことないです。

一番上について、天井を見上げたところです。

 

外にでると、一句読んでありました。

天高し ピサの斜塔と さざえ堂
桜桃子(おうとうし)作
※さくらももこではないようです

階段を上り始めた辺りまで戻ってきました。

 

知らなかったことにも触れ、いろんなことを感じれて、なかなか充実の時間だったな。

時間は15:00を回ったところ。
さて、次の目的地は?
朝、スケジュールを立てたメモを見てみると、どうやらここで会津若松市を離れ猪苗代湖の方に向かうことになっていました。

車で約30分の道のり。
野口英世記念館ってところを目指します。

長くなりましたので、今回はこの辺で。  後半へ続く。

 

Vol.4へ



<法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話 全6話>

Vol.1 旅の前夜編

Vol.2 ご両親の元へ

Vol.3 会津若松市めぐり:鶴ヶ城から飯盛山へ(福島県前半)

Vol.4 野口英世記念館から五色沼へ(福島県後半)

Vol.5 3日目 松島に別れを告げ気仙沼市へ

Vol.6(ラスト)4日目 宮沢賢治に会いに

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