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Vol.4 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:野口英世記念館から五色沼へ(福島県後半)

Vol.4 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:野口英世記念館から五色沼へ(福島県後半)

2017年10月7日

朝から、七日町→鶴ヶ城→飯盛山と修学旅行並みに詰め込んだスケジュール。
15:00を回ったところです。まだまだ時間はあります。
回るぞ~ふぐずまを満喫するぞ~。

次は、猪苗代湖(いなわしろこ)の近くにある野口英世記念館へ向かいました。

猪苗代湖、大きいとは聞いてましたが想像以上でした。
向こう岸が見えません。
日本で4番目に広い湖だそうですが、これで4番目?ってくらい大きいです。

(たぶんこの写真はマイナーな場所から見た景色だと思います。
誰もいなかったし…。もっといい景色もあるはず…)


猪苗代湖の近くには磐梯山(ばんだいさん)。
山と湖に挟まれてしばらくぼーっとしてしまいました。

山から湖にかけて吹き抜ける風は、どうでもいいような小さすぎることとか、頭をぐるぐるまわっている雑念とか、何も生み出すことのない無意味な考えとかを頭から吹き飛ばしてくれたような気がしました。

頭の中には笑われそうなくらいの幼稚なもんしか入ってないけど、でもこれを見失わないように大事に生きていこう…。5年後とか10年後とかもし…

あ~あぶないあぶない…ちょっと暑苦しくなってきました。ついついこっ恥ずかしいことを語り出すところでした。旅先で語るとあぶないですね…。

さて、野口英世記念館へ行ってクールダウンしなくちゃ。

実は野口英世記念館はさほど期待してなかったんです。「野口英世記念館ってのがあるよ」と長尾にチラッと聞いていたし、通り道だしちょっと立ち寄ってみるかな…って感じでした。(失礼…)

学生時代の社会見学的な「勉強」っぽい響きがして、あまりワクワクせずに入ったんですが、出てきたときは泣いてました。

小学1~2年くらいのときに野口英世の伝記を読んだことがあります。幼いころに囲炉裏(いろり)に落ちて手を大火傷してしまうけど、すごく立派なことを成し遂げられた…くらいの記憶でしたが、大人になってあらためて彼の人生に触れるとほんとうに立派でした。
それに比べて自分はなんだかモソモソしてる。人生という貴重な時間をムダにして何やってんだ…と、頭殴られたような気になりました。

「野口先生!!おらもやるっぺよ!!」

母親が、息子英世宛に書いた手紙も残っておりました。

記念館の出口付近で、一般応募の中から優秀だった手紙が何部か張り出されていました。母から子に送った手紙です。

一番印象に残ったのがこちら。↑
98歳のお母さんが63歳で病気で亡くなられた息子さんにあてて書かれてある手紙。鼻の奥がツンとなりながら記念館をあとにしました。
(入館料の600円も安いもんです。(もう小銭を計算するのはやめなさい…))

【この記事を書きながらちょっと調べてみました】
野口英世博士の母シカが息子英世にあてた手紙にちなみ、猪苗代町絆づくり実行委員会が主催する「母から子への手紙」コンテストってのが定期的にあっているようです。

佐々木キヨさんを見つけました。99歳とは思えないお若さ!
↓ 奄美新聞オンラインのホームページより

思わぬことから生と死について考えることとなってしまいましたが、どこか片隅にでも「死」というものを意識して生きているときの方が、生命力を力強く感じるような気がします。

身近な大切な人の死を経験したり、リアルに想像したりすると(想像するなんてすごくイヤだけど)自分のど真ん中が見えてハッとしますよね。雷にうたれて体中の骨が透けて見えるような昔のマンガのように、内側にある大事なもんだけが浮かびあがるような感じ。

『死は生の対極としてではなく、その一部として存在している』
クールダウンするつもりで訪れた野口英世記念館ですが、またもや暑苦しくなってきましたので、ここは村上春樹の言葉で締めて次へ行きたいと思います。(ノルウェーの森より)

ただいまの時刻、16:30。

今日の最終目的の五色沼(ごしきぬま)に到着するころには17:00。もう暗くなってしまうかもな…。

まあとりあえず向かっちゃおう。

 

約30分の道のり。
今日、五色沼を回れなかったらその周辺で宿を探して、明日の早朝から湖めぐりっていうのもいいかも…。

 

湖ばかりが見えるところに来ました。
17:00過ぎても意外に明るい。東北だからもっと早く暗くなるのかと思っていたけど、まだまだ大丈夫だ。

 

五色沼の入口がありました。

車を停めて看板を見ると、五色沼散策コースが描いてあります。

歩くわけですね。なるほどなるほど。


とりあえず、1番手前の毘沙門沼だけでも見ようと山道に入ってみることに。

 


しばらく歩くと、思ったよりすぐ湖が見えてきました。

きてよかった!旅を超えた冒険っぽい!ありがとう五色沼。

毘沙門沼をグルっと見てもとのスタート地点に戻ってきました。

まだ明るい。でも最後まで行くと往復2時間くらいかかる…。
どうしよう…。今日はここまでかな…。
いろいろと頭を巡らせていると、あるアイデアが浮かびました。

そうだ、ゴールの方から行けばいいんだ!

ゴール辺りの方が沼が多そうだし、車で10分もかからない距離です。
善は急げとばかりに、名探偵気取りで車に乗り込み、ゴール側に向かいました。
その途中で不思議なものを見つけました。

セブンイレブンが黒い。
こんなバージョンでもあるのかな…くらいに思って走ってると、またもや黒い看板。

郵便局のロゴまで黒い。
※この地区は国立公園内なので景観を乱さない為に看板などで使える色が規制されているそうです。

ゴール側に到着しました。
(別にこちらがゴールという決まりはないと思います。こっちからスタートされる方もいます)

これはシャレにならん…。
少しだけ探検して暗くなる前に戻ってこよう…。

青沼。
ほんとうに青い沼だった。なんであんなきれいな青色になるんだろう…。

<わたしのように化学や自然の現象にくわしくない方のために>
1888年7月15日、磐梯山の北側が水蒸気爆発を起こし、岩屑なだれがいくつもの川をせき止め、数百の湖沼が形成された。大きいものに秋元湖、小野川湖、桧原湖があり、それらに挟まれるように位置する数十の湖沼群や地域が五色沼と呼ばれる。流入している火山性の水質の影響や、植物・藻などにより、湖沼群は緑、赤、青などの様々な色彩を見せることが名称の由来である。(以上ウィキペディアを参考に一部編集)

それぞれに違う色を持っているのは 磐梯山噴出の時に噴出された鉱物質の溶け方や陽光があたった時の屈折率の違い、水中植物の影響などによると言われています。 又、見る角度や、時間、季節、天候によっても 水の色が微妙に違って見える。(以上、裏磐梯五色沼案内より)

この青沼の底にはウカミカマゴケが育っており、太陽の光でコバルトブルーのような神秘的な色になるという記事もありました。

自然が作った色と思うと、より一層美しくみえますね。

ゴール側から入ってその周辺の沼を見て引き上げるつものりが、ついつい奥の方まできてしまいました。

あんなにきれいな青い沼も見れたし、かなり疲れてきたのでそろそろ戻ろうかな…と思って案内板を見てると、「ん!?」と引っかかるものが…。

「赤沼?」

青だけで満足するなんて浅はかなんじゃなかろうか…。青沼の対極の沼が赤沼ではないのだろうか…。これを見ずして五色沼を語るなんてなんて愚かな…という貴重なシロモンではないだろうか…。確率的にこれが人生最後の五色沼になる可能性は高い…。ここで引き返したらあとで猛烈に後悔するのではないだろうか…。

無口なおばさん団体が、日が暮れはじめたことに焦ってるかのように早足でゴールの方に向かっていきました。ただいまの時刻18:30。さあどうする…。

「行こう…」 小さくつぶやき森の奥へと歩を進めました。

前から同世代の男性が1人歩いてきました。

疲れと日が暮れる不安で心が折れそうな自分のモチベーションを上げるため声をかけてみました。
「この先にある赤沼ってきれいですか?」
「赤沼?そんな沼あったかな…。青か緑っぽい沼しかみてないですね~」

(おいおいどういうことだ? 赤沼というその存在すら意識してないのか…。五色沼にきて赤沼を見落とすとはミーハー気分できただけのただの観光客だなこりゃ…)

ずいぶん失礼な感想を胸の中でつぶやきながらその男性とグッドラック的な挨拶を日本語で交わし、にわか五色沼フリーク同士の2人は別れました。

そんなこんなで、みどろ(深泥)沼まできました。赤沼は近い!

ついた~! これで五色沼コンプリート!
うわ~赤…

…くない…。

自分の赤沼のイメージはこんな感じだった。↓
(やや色がドぎつくなり過ぎですが…)

<わたしのように赤沼のことを思い切り勘違いされていた方のために>
赤沼の周囲の草木は赤い鉄錆色に染まり、赤沼という名前の由来もそこからきています。(福島県裏磐梯観光協会公式ホームページより)

どうやら赤沼は、周りの淵が赤いだけのようです…。

ここまでなんとかかんとか頑張って歩いてきたぼくの脳みそは、
「赤い沼もちゃんと見れた」
と自分を納得させたかったんだと思います。
ものすごいアップのこの写真がカメラの中に残されていました。↓

あのすれ違った男性の「青か緑の沼しかなかったな~」の感想はあながち間違いではありませんでした…。
失礼を詫びねば…。

さて帰ろう。とうぜん同じ道を戻ります。
せっかくなので沼の写真を撮りながら帰りました。

やはりこの五色沼の景色はなかなか見れない絶景でした。

復路、もう誰ともすれ違うことはありませんでした。

「誰か前から歩いて来てホッとしたら熊だった…」

など想像が膨らむくらいに薄暗くなってきました。
(実際ぼくがこの森を出た最後のひとりだったような気がします)

車に乗り込んだときは19:30。外はほとんど真っ暗。

今日のうちに五色沼まで見れたことで、明日からのスケジュールに自由度が増すことに。今日中に五色沼が見れなかったら、この近くに宿をとってまた明日ここに来ることも考えていたからです。

この旅の計画は
福島県会津若松市→五色沼→宮城県の松島→気仙沼市(けせんぬまし)。
そうなんです、ここからがまた遠いんです…。

今日のうちに少しでも北へ向かおう。今夜泊まる宿も今から探します。
体力も限界に近いので、とりあえず1時間くらい(約60km)離れた福島市までいけばいきなり今からでも宿が見つかりそうってことがスマホでポチポチしてるとわかりました。

22:00前くらいにチェックインし、そのあとの記憶がほとんどありません。
倒れるように眠りに落ちました…。

朝の七日町の記憶が数日前に感じるほどの充実ぶり。
ありがとう福島県!

またいつか必ず帰ってきます!

Vol.5へ



<法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話 全6話>

Vol.1 旅の前夜編

Vol.2 ご両親の元へ

Vol.3 会津若松市めぐり:鶴ヶ城から飯盛山へ(福島県前半)

Vol.4 野口英世記念館から五色沼へ(福島県後半)

Vol.5 3日目 松島に別れを告げ気仙沼市へ

Vol.6(ラスト)4日目 宮沢賢治に会いに

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