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Vol.5 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:3日目 松島に別れを告げ気仙沼市へ

Vol.5 法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話:3日目 松島に別れを告げ気仙沼市へ

2017年10月20日

目を覚ますと旅の高揚感のおかげもあってか、昨日の赤沼事件の疲労からは復活しておりました。

ご両親にご挨拶し、会津若松市を満喫し旅の目的はすでに97%は達成したようなものではありますが、​「記事(コンテンツ)を書くことまででワンセット」というのが自分に課した「旅に出る条件」でもありましたので、もうしばらく書かせてもらいます。

さて。
旅の3日目、目指すは気仙沼市。
その途中で、松島(宮城県)にちょっと立ち寄って行こうという計画です。

西暦2000年頃、出張で仙台に行ったことがあり、そのときに長尾に松島を案内してもらったことがあったのでもう1回そこを訪れてみることにしよう。

今から約20年近く前の記憶だけど、誰もいないさみし気な海岸がなんかよかったんだよなぁ。
もう一度あそこで曇り空なんかを見上げながら、波の音だけをききしんみりモードに浸るのも悪くない。
昨日のスケジュール満載な旅とうってかわって、ぼんやり過ごす感じもひとり旅っぽくていい。

<わたしのように観光地にくわしくない方のために>
宮城県の松島は【日本三景】のうちのひとつ。
残りの2つは、
●京都府の天橋立(あまのはしだて)と、
●広島の宮島
また、
■熊本県天草の松島(あまくさのまつしま)と、
■長崎県の九十九島(くじゅうくしま)と並んで【日本三大松島】と言われています。
※宮城県の松島は地名ですので固有名詞ですが、「松島」とは一般名詞としても存在するようで、松の木が生えている島のことらしいです。(そのままですね)。宮城県の松島のことを陸奥(むつ)の松島と表現することも多いとのこと。

うんちくを語っている間に松島へ着きました。
車を停めて海の方へ歩きます。人がぞろぞろ歩いてる。
観光客のためのお店がいっぱいある。のぼりも立ってる。

なんか違う…。こんなおみやげ屋や食事処が立ち並んだりしてなかった。

フェリーなんかもなかった。

 

混んでるかき丼屋さんなんてなかった。

 

団体の観光客なんていなかった。

 

勉強熱心な案内所のおじさんなんか僕の知ってる松島にはいなかった。

ぼくはこんな場所に来るはずだったのです。
(写真はイメージです)

ここの砂浜に座って30分ひざを抱えてぼんやりするつもりだったのに…。
スピッツの「みなと」を聞いて胸を締め付けられる予定だったのに… 。

「松島くん、ずいぶん変わっちまったな…。いつから君は人からチヤホヤされる人生を選んじまったんだい?悪いがおれはもうこの地を離れるぜ」

訪れる場所を若干まちがったことなど棚にあげて、ぼくは松島に別れを告げました。

とはいいながら、1時間以上人混みに紛れて「観光地の松島」をちゃんと堪能したんですけどね。
「観光地の松島」ももちろんいいところです。
今回、自分が行こうと思った場所と違うところに行った私が悪いだけです。

福島市→松島→気仙沼市で300km移動したことになります。(下道で…)
到着したのはもう夕方でした。
気仙沼駅の前に案内所があったので立ち寄ってみました。そちらのおばさんがとても親切な方で、観光地のパンフレットを見ている僕に話しかけてくれました。

(※あらかじめお詫びしておきますが、語尾はわたしの勝手な演出とイメージです。実際はほぼ標準語でしたよ)

「どこから来られたんだべ?福岡?あら~わたし福岡の●●市にお友達がいてね、そんなどころから来てくれてうれしいだっちゃ。いづ帰るんだべさ?」
「明後日の昼の飛行機です」
「だったら明日は北の方に行ぐといいべ。岩手の方まで足をのばすことをおすすめするっぺな」

そんなアドバイスと、各地の情報を教えていただきました。

今夜の食事についても、現地の方ならではの情報をいただきました。

「魚とお肉はどちらがええべな?」

は~い、ちゃんとわかってますよ~なんてったってここは海辺の町!
大人の気遣いくらいはちゃんとできますので、
「魚ですかね~やっぱ」と答えると「ホルモン」をおすすめされました。

まさかのひっかけ問題…

おめーさん何もわかってねーな、旅のド素人だべ?
と思われているような気恥ずかしさを抱えながら説明を聞いておりますと、
「気仙沼はもちろん魚もおいしいけど、ほかでは食べられない味という意味では「気仙沼ホルモン」がおすすめダッチャぬま」とのこと。

(※繰り返しになりますが、語尾はわたしの勝手な演出とイメージです。まったく悪意はありません)

(写真はイメージです)

<わたしのようにホルモンド素人の旅人のために>
「気仙沼ホルモン」には次の3つの特徴がある。
1.生の豚のモツを用いる(ボイルしない)。
2.小腸・大腸・ガツ(「白モツ」)のみならず、ハツやレバー(「赤モツ」)も用いる。
3.味噌ニンニクだれに「白もつ」も「赤もつ」も一緒に漬け込む。普通は唐辛子も入れる。千切りキャベツにウスターソースをかけて、焼いたホルモンと一緒に食べる。(以上ウィキペディアより)

~気仙沼のホルモンの歴史~
気仙沼で一番初めにホルモン店を開店したのは、「助六」というお店です。助六さんは、三重県でうなぎ屋を経営していましたが、当時(昭和30年頃)、気仙沼に漁船で来ていた知人から、気仙沼は漁業が盛んで大変景気が良いので気仙沼で商売をやったらどうだ?とすすめられ家族で引っ越してきました。
その知人と立ち寄った市内の精肉店で自家用(まかない用)のホルモンをご馳走になり、うめえ~これは商売になると思い洗い方と味付けの仕方を教えてもらいホルモンの助六を開店しました。
精肉店の社長が韓国の人から味付けを教わったものが現在の「気仙沼ホルモン」の味の基本となり、現在の「味噌にんにく」ベースになったと言われています。
漁船員が遠洋漁業から帰港して、まず食べたいものは「肉」。美味しくて安価で食べられるホルモン店は大いに繁盛し、多くの店が開店しました。また、千切りのキャベツは漁船員たちのビタミン不足の解消にもなり、その後、港町ならではの進化を遂げて今日に至ります。
(以上、ネット記事を参照し編集しました)

震災のときのお話も少しお聞きすることができました。
津波ももちろんそうだけど、同時に火事もとてもひどかったこと。
深夜、爆発音がすさまじかったこと。
今でもこうやって人が来てくれるということだけでもとても励みになること。

今僕がいるこのまさしくこの地で、あのテレビモニター越しに見た地震や津波がきたんだと思うと神妙な気持ちになります。
でもリアルにはなかなか想像ができなかった…。
いくら同じ地に立ったとしても、そのときの迫りくる音、悲鳴、温度、手触り、地響きなどの恐怖を体験したことがないとリアルには想像できないのかもしれません。

いろいろと教えてくださったおばさんにお礼を言い、さっそく教えていただいた場所に行ってみることにしました。

【安波山(あんばやま・あんばさん)】
気仙沼湾と市街地を一望できる標高239mの山。
「航海の安全と大漁を祈願する」という由来から名付けられた、港まち・気仙沼のシンボルのひとつ。お笑い芸人のサンドウィッチマンが避難した山としても知られており、彼らは毎年3月11日に市民と共に当山にて黙祷を捧げているそうです。(以上ウィキペディアを参考に一部編集)

夕方でくもり空でしたが、津波で流された海沿いの土地がみえます。
あれから6年後の風景。

現地にあった看板。↓ 平成21(2009)年当時の風景。(東日本大震災の約2年前)

平成29(2017)年の風景。↓ 角度をなるべく看板に近づけてみました。(雨降りそうな天気で写真全体が薄暗く見づらいかもしれないけど)

展望台を降りて、車に乗り込み、海岸沿いを通り宿に向かいました。

いくつもある震災地の中から気仙沼市を訪れた理由は、実をいいますと「気仙沼のほぼ日」があったからです。

出発前に旅の計画をおおまかに立てているとき、
「会津若松市に行ったあとは震災されたところに行きたいけどどこがいいかな?」
と考えているときに、長尾が「気仙沼はどうですか?ほぼ日があるし」と言ったのがきっかけです。

<わたしの母親のように「ほぼ日」をあまり知らない方のために>
糸井重里氏がはじめたほぼ日刊イトイ新聞(ほぼにっかんイトイしんぶん)というウェブサイト。運営している株式会社ほぼ日は2017年3月に上場。(東京証券取引所JASDAQ)
更新の精神的プレッシャーやコンテンツ的にも厳しいと考えた糸井の案で、余裕を持たせて「日刊」ではなく「ほぼ日刊」と称してはいるもの、発足した1998年6月6日のサイト開設以来、毎日なんらかのコンテンツが更新されている。
もともとは糸井個人のウェブサイトとして始まったが、Tシャツや手帳といった物販に力を入れていき、高い収益性を誇る国内有数のサイトへと成長した。会員制の有料コンテンツや、広告スペースの販売などを今日まで一切行っていないにも関わらず2014年には年間売上高が30億円に達した。ほぼ日手帳が大ヒットし、売上の7割を占める(2017年現在)
(以上ウィキペディアを参考に一部編集)

「ほぼ日」は、ほぼスタート当初からほぼほぼ見てまして、サイト作りや仕事に対する姿勢や考え方もほぼほぼほぼ影響をうけています。

2011年3月11日に起きた東日本大震災後に気仙沼に事務所をつくられました。 外から眺めるだけでもいいから、ほぼ日の事務所をひと目見てみたいと思い気仙沼に来ました。

(スタッフも常駐されていないし、お仕事以外の訪問・取材はNGとのこと)

宿泊するホテルのすぐそばだったのでこれまたびっくり。

おお~すごい!ほぼ日だ~!
(この日はご不在でした。もしどなたかおられても許可なく訪問はダメですよ)

あと何千…いや何億倍、ステージを上がればこの扉の向こうに入れるんだろう…。
いつの日か何らかの接点ができたらうれしいな~なんて大きすぎる夢を持って仕事をすることもいいことですよね?

一生叶わない夢かもしれないけど、それを考えたらちょっと胸が躍る感じになったり、(誰にも迷惑かけることなく)日々の活力になるのであれば持っててもいいですよね?

どうせ叶わない…だったら持つか…。

ってなわけで、
気仙沼ホルモン食べに行かなくてはいけないので今日はこの辺で失礼するダッチャぬま。

<追記>
ほぼ日イトイ新聞 http://www.1101.com/
気仙沼のほぼ日  http://kesennuma.1101.com/

Vol.6へ



<法人化の前にやっておかなくてはならなかった旅の話 全6話>

Vol.1 旅の前夜編

Vol.2 ご両親の元へ

Vol.3 会津若松市めぐり:鶴ヶ城から飯盛山へ(福島県前半)

Vol.4 野口英世記念館から五色沼へ(福島県後半)

Vol.5 3日目 松島に別れを告げ気仙沼市へ

Vol.6(ラスト)4日目 宮沢賢治に会いに

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