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あんパンを見るたびに、あの日に戻ってやり直したいって思います。

もう10年前の話です。(※2021年現在)

 

広島市のお客様から連絡がありました。

わたしが博多(東通西日本株式会社)に勤めていたころからのお客様で、
会社をたたむためビジネスホンの撤去などをお願いしたいというご依頼でした。

福岡県から出向くとなると、お客様に交通費がよけいにかかってしまうので、
「広島市内の工事業者さんを紹介しましょうか」とご提案しました。

「交通費は出しますので、ぜひおたくにお願いしたい。最後ですから」とのお返事。

こんなこと言われたら、わたしは北海道だってラオスにだって行きます。

東通西日本さんに相談をしました。
「そっちで対応してくれるとありがたい」
と、言っていただき、気兼ねなく行かせてもらいました。

翌週、わたしたちは広島へ。
3速までしかないサンバー(軽の工事車両)に長尾と乗り込み、
エンジンを唸らせながら高速道路で約4時間。

午前11:00。
広島市に到着です。

久しぶりにお会いした社長は、
「わざわざ遠くまで足を運んでもらってすみませんね~。
40年以上やってきた会社をたたむ理由は年齢です。ま、時代的にもこの業界は厳しいからね〜。ちょうど定年退職みたいなもんです」
と照れくさそうな笑顔でした。

長年、一緒に働いておられた奥様もすがすがしいなお顔をされてあり、
最後の締めくくりの工事をうちに任せてもらえたことを光栄に思いました。

わたしたちはお昼をとらずにそのまま作業に入ります。

そうです。
『今日は仕事を終わらせてゆっくり美味しいものを食べよう計画』の日なのです。

 

めったに行けない街への出張の楽しみといえば、ご当地の食事ですよね。

広島といえば『広島風お好み焼き』です。

関西風のお好み焼きも大好きなんですが、
以前、広島に行ったときに食べたお好み焼きが衝撃的でした。

鉄板の上にクレープみたいにうすく小麦粉をのばし、そこにたっぷりの千切りキャベツ。

豚肉やイカ、または牡蠣などの具と麺が加わり、
薄く焼かれた卵にひっくり返され、なんやかんやでまたひっくり返されたりしながら、
仕上げにネギがかかって…。
甘辛いソースが熱々の鉄板に落ちて香り立ち、これがまた食欲をそそるんですよね~。

要するに、美味いんです。とても。

東北からやってきて5年目(※2011年当時)で、
広島に来るのが初めてという長尾に、ぜひ本場の味を食べさせてあげたい。

そして自分の手柄でもなんでもないのに、
「どう?うまいっしょ」
と口の周りにソースをべったりつけながら、したり顔をしてやりたい。

 

それをモチベーションにしながら、工事も順調に進みゴールも見えてきました。

14:30。

お好み焼きに向けて、空腹具合も順調です。

「あなたたち少し休憩されてください。お昼も食べずに大変でしたね~」

優しい顔をされた奥様が心配そうにお声をかけてくれました。

「あ、いえいえ、大丈夫ですよ」

「お茶入れてますから、どうぞ一息つかれてくださいね」

「あら、すみません」

「冷めないうちにどうぞ」

「では」

テーブルの方へ向かうと、お茶とあんパンが2個ずつ置いてありました。

あんパン

 

「たいしたものじゃないけどお腹に入れてください。
お若いんだからお腹すいたでしょう。
ごめんなさいね、買ってくるのが遅くなって。
ほら、ご遠慮なさらずにどうぞ」

「あ、はい…ありがとうございます」

(わたしたちのために、わざわざ買いにいってくださったんだな…)

長尾とチラッと目が合いました。

「お腹すいてたでしょ、どうぞ2個とも食べてくださいね。
若いから足りないかしらね。もっとありますよ」

と奥様は立ち上がって追加のパンをもってこられようとします。

「あ、いえ、2個で大丈夫です」
(しまった…)

「あらそう? さ、どうぞどうぞ」

「あ、はい…」

と2つめに手を出しました。

長尾からの視線を感じたような気がしましたが、今度は気が付かないふりをしました。

長尾も無言で2つめに手を伸ばしています。

(大丈夫、お好み焼き分の胃袋はまだ開いている…。
あ…そういえば長尾くん、あんこが苦手だったっけ…)

「ごちそうさまでした、おいしかったです」

 

ゲプ…。

(あれ?けっこうおなかいっぱいな気が…。
いやいや大丈夫…、消化して胃袋はまた広がる…はず…)

と信じながら、最後の仕上げの仕事に戻りました。

無事に工事も終わり、
「これで会うのは最後になるのかもしれませんね」
とご夫婦から最後の挨拶をされ、
名残惜しさを感じながら、わたしたちは車に乗り込み帰路につきました。

 

さて…。

「お好み焼き…入る?」

「どんどんおなかふくれてきてます…」

「だよね…」

 

「また今度広島に来たときの楽しみにしようか…」

「そうですね…。ちょっと今は何も食べれない…です…」

あれから10年。
わたしたちはそれ以来、広島から呼ばれてはいない…。

〈続く〉

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