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窮地に追い込まれたときに分かる1番大事なモノ

漫画家の手塚治虫先生は、お亡くなりになる前に、
「隣の部屋に行くんだ! 仕事をする、頼むから仕事をさせてくれ!」
と言ったと言われています。
人は命の危機を感じたときに、その時に一番心を占めているものを口にするのかもしれません。
手塚先生は作品を作り上げることに命がけだったんでしょう。

 

多くの人は、
子供や親、家族や恋人、友人や恩師、ペットや「推し」など、
愛しているものを口に出すんだと思います。

 

しかし、友人の前田くん(仮名)が、窮地に追い込まれて発したセリフは、このどれにも当てはまらない「え?それ?」というものでした。

 

そのときのお話です。
※ このお話には、主人公の前田くん(仮名)以上に存在感のあるZくんが出てきます。
(この場には友人男女10名くらいいましたが、話がを分かりやすくするために、
前田くん(仮名)とZくんの名前しか出しておりません)

 

Zくんが企画してくれたイベントで、夏にバーベキューをしました。
もう20代半ばのころの話なのでずいぶん昔の話です。

 

彼のイベントの計画はいつも素晴らしいものばかりでした。
場所の選定、メインイベントの準備、レクレーション案、
Zくんが決めてくれたその予定に乗っかっているだけで、
わたしたちは楽しい時間が過ごせました。

 

イベント企画力が抜群のZくんですが、
さらにすごいのが「イタズラ企画力」です。

 

「こういうイタズラを●●君にしよう」
とビジョンが見えたら、そこからの逆算力がすごいんです。
いかに不自然に思われないかの伏線を張りめぐらせます。
その日の会話、何気ない親切、すべてが伏線です。
しかも、そのイタズラが成功したときに、笑い話で済むかどうかの安全性の確認までおこなってます。

 

その日のターゲットは前田くん(仮名)でした。

海岸沿いの、少し小高い場所でバーベキューをしたあと、
レクレーション時間にキャッチボールをし、
あの木と木の間の斜面から前田くん(仮名)を転げ落とす作戦だと聞きました。

作戦を教えてくれたZくんの顔は、すでにカリン様ような目をしています。
もう彼には、前田くん(仮名)が転げ落ちていくシーンが見えているのです。

 

前田くん(仮名)は、
ちょっと頑固で不器用なところもありますが、心優しくまっすぐな性格をしています。

 

バーベキューを食べながら、Zくんは会話の中で仕込みをはじめました。

 

「バーベキュー終わったらさ、みんなでキャッチボールやろうよ。
前田、キャッチボールできる?」
ちょっとバカにしたようなニュアンスでZくんが言いました。
「できるよ。前もやったことあるじゃん」と真面目な顔をして前田くんは言い返しました。
「でも、正面の球しか捕れんやろ」
「少しそれたくらいなら捕れるよ。前、キャッチボールやったじゃん!」
「頭の上くらいのボールくらいは捕れる?」
「それくらいなら捕れるよ。だから前、キャッチボールやったって言ってるじゃん!」と、バカにすんなと笑って前田くん(仮名)は言いました。

 

仕込んでる……。

 

お腹も満たされたころ、
「よし、みんなでキャッチボールやろうか!」
と、Zくんは複数人とキャッチボールをはじめました。
いきなり本人とやらないところも、あやしまれないための工夫です。
そのうち、自然な流れで前田(仮名)くんを含めて三角形でキャッチボールをはじめました。

 

「もうちょっと離れようか。前田はもう少し右の方に行って。
そうそう。そんくらいの方がちょうどいいね」

 

Zくんは少し高めにボールを投げます。
前田くん(仮名)は、「ぬお!」とか言いながらもなんとかキャッチします。
「前田、うまいやん!」とZくん。
ほろ酔いの前田くん(仮名)はちょっと得意げです。

 

仕込んでる……。
Zくんのシナリオ通りにコトが運んでいる……。

 

「よーし、次フライいくぜ。おおーすごいすごい。うまいねー」

キャッチした前田くん(仮名)をほめたZくんは
次のターンで、
「今度はさっきより難しいぜ」
と、さっきよりやや後方へボールを投げました。

後ろに下がりながら夢中でボールを追いかけた前田くん(仮名)の姿がストンと消えました。

草むらの斜面に転げ落ちたのです。

「まえだー!大丈夫かー-?」
と、みんなで斜面を降りていきました。
Zくんの方をチラッとみると、彼の目はカリン様になっていました。

 

前田くん(仮名)は斜面の途中でのびたように仰向けになっていました。
みんなで前田くん(仮名)のそばへ駆け寄ります。

「おい、前田(仮名)、大丈夫?」
「前田くん」
「さだっち!(愛称)大丈夫か?」

すると、仰向けになって伸びたまま前田くん(本名)が叫びました。

「おでのふぃだー-ー-!!!」

「え?どういう意味?さだごろう(愛称)、大丈夫か?」

「おでのふぃだー-ー-!!!
おでのふぃだがない!!おでのふぃだー--!!!」
と叫んでいるさだっち(愛称)。

 

よく見ると彼の足からサンダルが片方抜けています。
残っているサンダルには、FILAのロゴ。

 

誰かが気が付きました。
「もしかして、おれのFILAのサンダルがないって言ってるんじゃない?」

 

「おでのふぃだー-!!!さがしておでのふぃだー-!!!」
と泣き叫んぶかのような前田くん(本名)。

 

そうか……、前田くん(戸籍)はこの日のために新しくサンダルを買ったんだ……。
みんなで行くバーベキューをすごくすごく楽しみにしてたんだな……。
彼にとっては、転げ落ちた痛みや、悔しさ、恥ずかしさより、
何よりもFILAのサンダルが無事かどうかが1番の気がかりだったんです……。

 

無事にFILAのサンダルの片方を見つけ、前田くんは落ち着きを取り戻しました。

 

「前田、キャッチボールうまいねー!野球経験者でもないのにすごいぜ」
とZくんは、彼の心のケアをしています。
Zくんのいたずらは、このアフターフォローまでがワンセットです。

 

そうか。
もしかして、前田くん(実名)は自分が転がり落ちた理由が、Zくんが仕掛けたシナリオだったってことを未だにしらないのかもしれない。

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