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ひみつの副音声プロジェクト

今年の3月、わたしが中学生時代に通っていた塾が閉校しました。
弊社のお客様でもありましたので、最後、ビジネスホンなどの通信機器を撤去に行かせていただきました。
配線を取り外したりしながら、各教室を回っているとなつかしい記憶がいろいろと蘇ってきます。
 
「あ、この席だ」
あの日、誰にも内緒で秘密のプロジェクトを決行した場所。
 
 
昭和62(1987)年の秋、
中学3年のときの光景が頭の中で再生されました。
 
19:00から英語の授業のため、イヤホンを片耳につっこみ、自転車で向かいました。
ラジオから流れているのは、優勝争いをしている巨人対中日の試合です。
 
授業開始の10分前に到着。
教室は、机が横に3列並んでいる定員15名くらいの小さな教室。
早く来た人から空いてる席に座わります。
わたしは左側の壁沿いで、前から3番目の机を選びました。
 
カバンからノートや筆記用具を机の上に出しながらも、さっきまで聞いていた野球の試合の行方が気になってしかたありません。
 
こんなんじゃ先生の話も耳に入らん……。
このまま我慢しながら授業を聞くのはむしろ逆効果なんじゃないかな。
しかたない。
やるか。
 
私は決意しました。
 
授業の準備をしている素振りをしながら、
誰にもバレないようにイヤホンのケーブルを長袖シャツの左腕の中に通しました。
 
小型のラジオは壁側の床に置いたカバンの中。
ケーブルはギリギリの長さ。
 
ラジオの電源を入れ、左手で頬杖をつく格好にしてイヤホンを耳の近くにもっていく。
聴こえる!
 
ときどき、ザザザっというノイズは入るけど、試合の経過くらいは追っかけられそうです。
 
いけるぞこれは。
 
「さーはじめるぞー」
と、口ひげがチャームポイントの先生が大きな声を出して教室の前のドアから入ってきました。
まだ20代の先生だけど、授業はとても分かりやすい。
 
「なんだ、まだ全員そろってないな。サカイはまーた遅刻か。ほんとにあいつは必ず遅れてくるな。よし、時間になったから始めるぞ。この前の宿題やってきたかー?どうだヒガシ」
 
高まる緊張感。
バレたらとんでもなく怒られそうな気がする……。
 
ホワイトボードを見て真面目にノートをとっている。
でも、実はその裏でプロ野球をラジオで聴いている。
そんな状態のわたし。
 
「おい永松、お前なんかコソコソしてないか?ちょっと左手上げてみろ。なんだそれは」
 
という声が、今にも飛んできそうな気がしてきて汗ばんできました。
 
ずっと左手を耳のあたりに置いておくのは不自然。
さりげなく左手を左耳の方へ持っていく。
だんだんとコツをつかみました。
先生は何も疑ってなさそうです。
大丈夫だ。
 
英語を受講しながら、試合の結果も知れる。
なんて贅沢な時間なんだろう。
決して交わることのない正反対のベクトルを持つ2つの夢を同時に叶えたわけだ。
ぼくはとんでもないプロジェクトを成功させたんじゃないだろうか。
そんな勘違いの万能感に浸っていたわたしに、ちょっとしたハプニングが起きました。
 
机の右側に消しゴムがコロンと落ちたのです。
それを拾うために、体を右側に曲げ下の方へ手を伸ばしました。
左袖の中に入れたイヤホンケーブルがピーンと張ったのが伝わってきます。
これ以上体を下に曲げたら、カバンの中のラジオからケーブルが外れそうな気配。
ケーブルが外れたらどうなるんだっけ?
たしか、ラジオ本体のスピーカーから音が出てしまうはず。
それはまずい。それだけはまずい。
 
みんな真剣に勉強している静かな教室に、
「ストライクバッターアウト!スリーアウトチェンジ」と実況が流れたら、
先生は「英語の勉強してるのか、えらいな永松」と言ってくれるだろうか。
ありえない。
 
イヤホンが外れない限界まで体を曲げてみる。
あと10センチが届かない。
 
そうだ。いい方法を思いついた。
右手にシャープペンを持ち、それを消しゴムに突き刺すんだ。
そのまま持ち上げると消しゴムが付いてきた。
イメージ通りうまくいった。
あったまいいーフフフ
 
「おい」
と声がして、
ハッとして前を見ると先生がわたしを見ていました。
 
バレた……いつから見られていたんだろう……全部バレた……終わった……。
と、一瞬にしてすべてを覚悟したわたしに先生は言いました。
 
「やっぱお前変わっとるな」
 
引きつりながら、無言で苦笑いか照れ笑いかしてたと思うんだけど、先生はそれだけ言うとまた授業の続きに戻られました。
 
え?ラジオはバレてない?
大丈夫ってことだよねこれは。
よかった……助かった……。
 
脇の下にはいやな汗を大量にかいていましたが、
何はともあれバレてないことがすべてでした。
 
 
しばしのタイムトリップから戻った令和6(2024)年3月。
モノがなくなりガランとした教室の中。
落とした消しゴムの音すら鳴り響きそうな教室には、もう誰の声も聞こえない。
 
もしこの塾に行っていなかったら、今の自分はなかったなと思えるくらいお世話になりました。
そんな場所がなくなってしまうのは寂しく残念ですが、この場所の思い出は心の中にずっと大事にしまっておきます。
 
 
P.S.
このときの英語の先生は、今は別の塾を経営されています。
ご縁をいただき、現在、弊社で通信設備の保守をさせていただいていて、ちょくちょくお会いする機会があります。
先生と、閉校した塾さんの思い出話を先日もしてきました。
この副音声プロジェクトのことはもちろん今でも秘密のままです。
 
ずっと気になっていることがあるんだけど今度聞いてみよう。
「やっぱ」ってどういう意味ですか?って。

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