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集中力のない男、フェリーにのる

自分の集中力のなさに嫌気がさしたわたしは、コンセントが自由に使える「お店」に来ました。
(カフェと書くのはなんか恥ずかしい)

よし、ここなら集中できそうだ、
と作業をはじめようとパソコンを開くとネットニュースが飛び込んできました。

見るつもりもなかった記事をついクリック。
自分が応援している人の記事のコメント欄に、批判のメッセージが並んでいるのを発見。
「そうは思わない」
「そうは思わない」
「そうは思わない」
気がつくと、親指が下向いたボタンを一生懸命クリックしている自分に気が付き、我に返りました。

「いかんいかん、集中集中」と深呼吸。

すると今度は、スマホの通知がブルブルと鳴りました。
通知を確認して、また速やかに本来の作業に戻れば何も問題がないのですが、
そのついでにまたSNSなんかチェックし始めたりします。

進まない。

わたしたちが生きている今の時代は、選択肢が多過ぎますよね。

ネット記事、ツイッターにインスタ、フェイスブック、ゲーム。
漫画、雑誌、本には電子版までありスマホがあればなんでも読める。
YouTubeを開けばおすすめ動画がいくらでも出てくるし、
ドラマ、映画もスマホで観れる。
ポッドキャスト、ネットラジオ、Voicyなどの音声コンテンツもものすごい数の番組があります。
魅力的な誘惑だらけです。

誘惑に負けない集中力を身に着けたい!
と思ってはいるんですが、
意思の弱いわたしははなかなか勝てません。

なんかいい方法はないものか、と考えていたら昔のある場面を思い出しました。

ずいぶん前の話ですが、わたしは1人でフェリーに乗っていました。
携帯電話がまだ普及していないくらいの昔の話です。

目的地到着まで12時間以上かかる船旅でした。
持ってきた文庫本も読んでしまったし、
甲板で海を眺めるという贅沢もじゅうぶん満喫したわたしは、やることがなくなってしまいました。

まだまだ先は長い……。

退屈しのぎに、休憩室(パブリックコーナー)に行ってみました。
たたみ部屋に座椅子が置いてあって、
退屈そうな大人たちがすでに15名ほど座っています。
あと5人くらいは座れそうです。

いっそのこと眠れてしまえばいいのに、
まだ空は明るくいっこうに眠くなりません。

どうやらこの部屋は、眠れない退屈な大人たちが集まった部屋のようです。

外を見ても、同じ表情の海と空がずっと続いているだけ。
見たこともない幼児向けの安っぽい海外アニメが流れているテレビ。
しかも音量がかなり控えめで、意識をテレビに向けないと耳に入ってきませんし、
チャンネルはこちらで自由に替えれそうもありません。

とにかくみんなやることがないのです。

ぜんぜん魅力的ではないアニメでしたが、
わたし以外の15人中15人がそのテレビの方を静かに向いていました。

普段、アニメなんか絶対見ることのないような
昭和一桁生まれであろうおじさんもテレビの画面を見ています。

みんなとりあえず、この永遠に続くと思えるような退屈をしのげれば、
幼児向けのアニメであろうとなんだってよかったんだと思います。

そのアニメは、分かりやすいベタな展開で進んでいきました。
当然みんな無表情です。
地上だったら、チャンネルは5秒で変えられていたことでしょう。
まったく興味のないアニメをしかたなく見てるんだろうなと、わたしは15人の大人を気の毒に思いました。

いつのまにかわたしの脳は、そのアニメの世界に入り込んでいたんでしょう……、
ある場面で、思わずクスっと笑ってしまいました。

「あ……しまった、はずかしい……」
と思ったと同時に、
部屋の大人たちから一斉に笑い声が漏れていました。

「え!? みんなちゃんと観てたんだ!」

普段は決して観るはずのない幼児向けのアニメを見て、
15人の大人が一緒に笑ってるというこの場面は衝撃でした。

「全米が泣いた」ならぬ「全老が笑った」
というキャッチコピーをつけたくなるほどのウケ率だったのです。

集中力のないわたしにとっては、
この場面にヒントが隠されているんじゃないかと思ったわけです。

やることが1個しかないということは、選択肢がないということ。
選択肢をなくせば、つまらないアニメですら面白さを見いだすことができる可能性がある。

多くの選択肢の中で集中力をアップさせるが無理ならば、
やろうと思っていることを絞り込んで、制限された空間に自分の身を置けばいいのかもしれない……。

「他にやることもないから、しかたなくそれをやりはじめる」というレベルでも効果はありそうです。

しばらく続く『我慢する時間』を超えたら、
その中に全米が笑うかもしれない何かが見つかるかもしれません。

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