Aくんにとっては、真っ白なオセロ盤が、一気に真っ黒になったくらいの衝撃だったんだろうと思います。
経営者の集まる会に所属していたときの話です。
「永松さんのところで、うちの店の●●を作ってもらうことはできますか」
と親しくしていた年下のAくんに聞かれました。
もちろんOKよ、連絡もらえたらいつでも打ち合わせに来るよ、
という感じのやりとりがありました。
Aくんとは数年前にも同じ委員会になり、いつも親しげに話かけてくれてました。
Aくんは、仕事がら夜遅くなることも多く、月1回の委員会には毎回の参加はできない状況でした。
会うたびに、「ほんとうにもう作りたいと思っているので、よろしくお願いします」と言ってくれました。
打ち合わせに行くからいつでも連絡してね、というやり取りをおこなうことが数回続きます。
こちらがお金をいただく立場上、こちらから積極的に打ち合わせの連絡を入れるのもなんかガッツいているように思われそうで、連絡は待っておくことにしました。
数ヶ月後、いつものように親し気な笑顔で近寄ってきてくれたAくんに、
「Aくん久しぶり。委員会に来にくくなったんじゃないかと思ったよ」
と、やや軽い冗談のニュアンスをこめて私はそう言いました。
もし、Aくんにいろいろと事情が発生して、
「お願いします、と言った手前、今さらやっぱり断りにくいなあ」
と、Aくんは思ってるかもしれない。
もしそうなら、ぜんぜん気軽にそう言ってもらっても大丈夫だよ、という思いもあったのです。
その後、Aくんは最後まで委員会には来ませんでした。
忙しいんだろうなと思っていました。
今年の3月。
会、全体懇親会の3次会だか4次会にて。
ガヤガヤと話し声と、誰かが歌っているカラオケが流れる部屋でした。
誰に言われたのかも、はっきり覚えていないのですが……。
疲労とアルコールでクタクタになっていたこともあり、ピンと来なくて聞き流してしまったようです。
はっきり意味がわかったのは次の日でした。
昨夜のいろんな人の会話が頭の中をグルグルと回っていました。
いわゆる二日酔いです。
その中に、一気に目が覚めてしまうような会話が脳内で再生されたのです。
『A君が、「永松さんに[来にくくなった]って言われた」って言ってたよ』
ん?
どういうことだろう……。
え!?
まさか、そういうことになっていたわけ??
あのときに私がAくんに言ったセリフ「来にくくなったんじゃないかと思ったよ」は、そんな風に伝わってしまったのか……。
そういえば、あのセリフを言ったあとAくんと会っていない。
自分の伝え方がヘタで、語尾がゴニョニョしたのかもしれない……。
たしかに「あなたの冗談は分かりづらい」と誰かに言われたこともある。
焦りました。
今すぐ弁解したいと思いました。
でも、「こんなことを聞いたけどそれは誤解だよ」ってわざわざ連絡をするのも何か違うような気がしました。
またそれが別の誤解を生んでしまうような気がしたからです。
今回はたまたま誰かが私にそんなことを言ってくれたから、そんな誤解をAくんに与えてしまった、と知ることができましたが、自分の知らないところでも同じようなことっていくつも起きていたのかもしれないと思うとゾッとしました。
世の中には、誤解で関係がこじれてしまった親子や夫婦や恋人関係もあるだろうし、ちょっとの勘違いで多額の費用が発生したということもあるはずです。
それに比べれば、今回のことはささいなことかもしれません。
でも、自分が信用していた人のそうじゃない裏側を見たときの衝撃はとんでもなく大きなものです。
Aくんはショックだっただろうな……。
まさかそんなことを言われるってびっくりしただろうな……。
いくら誤解だとは言え、誤解だと分からない間はそれはその人にとっての真実なわけですから。
たしかに、この世は誤解と勘違いでできている。
どうせ誤解や勘違いされるのであれば、もう何も必要なこと以外はしゃべらない、
ということではなく、
この誤解や勘違いだらけのこの世の中を、ちゃんと真意を伝えることができるように丁寧に生きていかなければならないなと思いました。
逆に、私だっていろんな誤解や勘違いをしながら今まで生きてきたかもしれません。
ひどいこと言われたって思っている記憶も、実はまったく逆の意味で相手は言っていたことだってあるんだろう。
またいつか、Aくんが心を開いた笑顔を見せてくれる日が来ますように。
追記
二日酔いの数日後、AくんにはLINEを送ってみました。(誤解の件には触れずに)
普通に返信がありましたが、誤解したままなのかどうかまでは分かりませんでした。
もしかしたら、この話自体が私の誤解か勘違いかもしれないという可能性だってあるのです。